こんばんわ、ドタバタ母さんです。今日は、子どもの自由な発想力と、それを大切にする子育てについて考えたエピソードをご紹介します。


筆箱から出てきた「謎の白いもの」

明日の学校の準備をしていた長女の筆箱の隙間から、白いふわふわしたものがのぞいていました。

「もう!ゴミが入れっぱなしじゃん。」と思いながら取り出してみると――コットンの塊。さらによく見ると、その中に小さく細くよられたコットンが7〜8個、ちょこんと入っていました。

白くて、細長くて、先端に黒い点がある。





母「これなぁに?」→長女「しらすだよ」

本人に確認すると、ニヤニヤしながら一言。


「筆箱にしらす?」


否定のしようがありませんでした。確かに見た目はしらすそのもの。白いコットンの本体に、黒いペン先で打ったような目。手のひらに乗せると、お皿の上のしらすご飯が浮かびます。

「なんで筆箱に入れてるの?」と聞いても、ニヤニヤするだけで答えてくれません。

どうやら誰かに教わったわけでもなく、YouTubeで見たわけでもなく、完全に自分で考えて作ったようです。


筆箱を開けるたびに「しらすと目が合う」日常

さらに聞いてみると、驚きの事実が発覚しました。

しらすを筆箱に入れたこと自体、すっかり忘れていたというのです。

ということは毎日、授業中に筆箱を開けるたびに、7〜8匹のしらすたちと目が合っていたわけです。本人が一番びっくりしていたかもしれません。

なんともシュールな光景です。


子どもの「なぜそうした?」がわからないから面白い

正直に言うと、しらすを作った理由も、筆箱に入れた理由も、最後まで教えてもらえませんでした。

でも、それでいいと思っています。

大人の論理では「なぜ筆箱にしらす?」となりますが、子どもの頭の中には大人には見えない文脈があるはずです。その瞬間、何かがひらめいて、コットンをよって、点を打って、大事にしまった。その一連の行動に、子どもなりの完璧なストーリーがあったはずなのです。

説明できないことが、創造性の証明。

そう思うと、しらすがちょっと愛おしくなりました。


子どもの発想力を潰さないために、親ができること

このエピソードを通じて改めて感じたことがあります。

もし私が「筆箱にゴミ入れないで」と言っていたら、しらすはただのゴミになっていました。「なんでそんなことするの」と叱っていたら、娘はもう次の作品を見せてくれなかったかもしれません。

子どもの「よくわからない行動」は、頭ごなしに否定せず、まず「これ何?」と興味を持って聞いてみる。それだけで、親子の会話がぐっと豊かになります。

子育てに正解はないけれど、子どもの世界を面白がれる親でいることは、ひとつの大切な姿勢だと感じました。


おわりに

長女の筆箱には今日も、しらすたちが暮らしています。

次に筆箱を開けたとき、娘は何を思うのでしょうか。こっそり取り出すのか、もっと増やすのか。

子どもとの毎日は、予測不能で、突然笑えて、ちょっと感動なんかもします。そんな日常の小さなエピソードを、これからも大切に拾い集めていきたいと思います。